奥駈道11『持経宿~行仙宿』(行仙宿山小屋)
15:00「行仙岳」を後にして、15分ほど南奥駈道を下ります。
この時期、日が傾き始めると急に肌寒くなります。
はやる気持ちを抑え、一歩一歩下って行きます。
15:15立派な「行仙宿山小屋」に到着しました。
小屋の前には小さな「行者堂」が
中に入ると、向かって左に「役行者」と右に「実利行者」の仏像が祀られています。
「実利行者」は【奥駈道8『持経宿~行仙宿』(怒田宿)の編】で紹介しました。
岐阜の坂下うまれの修験者。最初地元の御嶽山で修行していた。
後に奈良の大峯山で千日行を2回、大台ケ原の抖擻、那智の滝行など通産16年に及ぶ荒行の挙句に
最後、明治17年に那智の滝頂から捨身入定した。
理由は、廃仏毀釈という明治政府の社会背景に対する抗議を身を以って示したのだろう・・・
実利(じつかが)行者と呼ばれ、行仙小屋に役行者と並んで祀られています。
「役行者」を簡単に
役小角(えんのおづの、えんのおづぬ、えんのおつの)は、飛鳥時代から奈良時代の呪術者である。
実在の人物だが、伝えられる人物像は後の伝説によるところが大きい。
通称を役行者(えんのぎょうじゃ)と呼ばれ修験道の開祖とされている。
現在の奈良県御所市に生を受け「金剛山」で修行をして熊野や大峰(大峯)の山々で修行を重ね、金峯山(吉野)で金剛蔵王大権現を感得し、修験道の基礎を築いた。
★役行者霊蹟札所公式ホームページ →
http://www.ubasoku.jp/index.htm
もう一人忘れてならない南奥駈道の功労者
「前田勇一翁」の念仏を唱えている写真がありました。
「前田勇一翁」のことは、奥駈道2『持経宿~行仙宿』(持経の宿)編で触れています。
荒廃した、南奥駈道の再興に尽力され、持経宿小屋を建設された方です。
三人の行者の御霊に手を合わせ・・・
では、「行仙宿山小屋」に入って温かいぜんざいを戴く事に・・・
温かくて甘~い「ぜんざい」を戴きます。
姫ちゃん美味しい?
これが姫の美味しい顔です^^;
一段落すると
今回、主催の下北山村の職員の方の挨拶と
お世話をしていただきました『新宮山彦ぐるーぷ 玉岡代表』のお話がありました。
ゆうとは真面目に聞き入ってます。
姫は真面目にぜんざいを食らってます^^;
これでいいのだ・・・
【 行仙宿山小屋 】
※国道425号からのアプローチも良く、笠捨山や南奥駈縦走の拠点として重要地
※この山小屋は「新宮山彦ぐるーぷ」のメンバーが2000万円の募金を集め、手作業のみで敷地を造成、
大工の建築作業にも協力して、延べ955日かけて竣工させたそうです。
その後、平成14、15年度には、これまた手弁当で管理棟を造成・建築されてます。
ぐるーぷは行仙、平治、持経の3つの山小屋を維持管理しています。
更に道の整備までされてますので頭が下がりっぱなしです。
小屋は無人でいろりやかまども装備されてます。
毛布も完備されてますので3シーズンの寝袋があれば大丈夫でしょう。
定員は、30~50名は大丈夫でしょうか。
水場は10分ほど下ったところにあるようです。
小屋にはぐるーぷの方々が汲み置きしてくれてますが、使ったら汲みに行って下さいね。
懐かしいかまどです。
協力金として、感謝をこめて宿泊費は¥1,000を入れてください。
30分ほど、のんびりさせて頂き
さぁ~下山の時間です。
タマちゃんさんも、片付けをするとのことでここでお別れです。
子供たち寂しそうです・・・
また会えるよ^^;
点呼を取って・・・
ゆうとくん、この時本当に寂しそうでした
「ショウタンは一緒に帰れへんの?」と聞いていました・・・
【今日は小屋でも重宝する寝袋】
モンベル(montbell) スーパーストレッチ バロウバッグ #3重量:1.23kg
deuter(ドイター) プラスワン S【右ジッパー仕様】重量:950g
モンベル(montbell) スーパーストレッチダウンハガー#3総重量:939g
イスカ(ISUKA) アルファーライト700重量:1280g
次回は最終回^^;
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